山口文象/毛綱モン太覚書き
文象先生のころ 毛綱モンちゃんのころ 
渡辺豊和著 


モダンからポスト・モダンへ
60年代から70年代へ
組織論から個の極限へ

山口文象/毛綱モン太、二人の巨人の同伴者が描く
日本近代建築史のミッシング・リンク!


版元完売いたしました
2006年8月1日発刊


販売価格:2,200円+税※
送料無料
頁数:256ページ
判型:A5変(210×140mm)

※アセテートからの直接購入には消費税はかかりません。

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読 者 の 声
あまりの面白さに 明日の仕事も忘れ
夜な夜な読みふけってしまいました。


先日、確かに本を受け取り、早速拝読いたしました。
お支払いの前に読了したのははじめての体験で、あまりの面白さに
明日の仕事のことも忘れ夜な夜な読みふけってしまいました。


個人的に山口文象は好きな建築家ですが、
感銘を受けたのはむしろ毛綱氏のパートです。
別のところ*で石山修武さんも書いておられますが、
毛綱さんのかたちづくりが抜群にうまかったことを
強く伺わせる内容で、逆に私たちはあの時代から
遠く隔たった場所に生きているのだなぁと実感を深めた次第です。


また、あのような刺激的な本が出ることを期待しております。

建築出版関係者

*『高山建築学校伝説』(鹿島出版会2004)インタビュー

※ご意見ご感想はこちらまで

目次

序 渡辺さん、男の厄年に向って大変だね・・・毛綱モン太

『建築美』より転載




第一部 山口文象先生の東京弁

お前は誰だ/やめろと言われてやめるバカがあるか/泳げない? 水につかってこい/グロピウス先生!/コルビュジェのところにも行きたかったけどネ/美空ひばりが寄ったョ/ヨシダウソッパチ/女房をつれてこい/子供はかわいくネェのか/何やってんだそれよこせ/近代主義に屋根はないぞ/家具ができなきゃ建築家じゃネェ/全部やりなおしだ/担当なんてない全てお前の責任だ/ヨーロッパ人は足算と引算しかできないから偉大なんだ/日本は戦争責任をおろそかにしているから駄目だ/前川だけが建築家だ/ムラノ?何がいいんだ/シャロンはやるネ/これがオレのオリンピック施設だ/ジェットはいるか/やりたいならやめてからやれ/ベンチュリーを読んだか/事務所をこわすなヨ




第二部 毛綱モンちゃんの異形

向井正也先生/給水塔の家/日吉台教会/反住器/宇宙庵/花園村の女陰館/「人紋」寺田邸/「天紋」谷口邸/釧路市立博物館/鏡の間/禅寺/中野のアトリエ


第三部 近藤正一(RIA)× 植田実 × 渡辺豊和 鼎談


山口文象略歴 毛綱モン太(毅曠)略歴
1902東京・浅草に生まれる。
1918 職工徒弟学校卒業、清水組(後の清水建設)定夫となる。
1920 逓信省経理局営繕課の製図工となる。
1923 創宇社建築会を結成。社会主義的建設方法を模索。
1924内務省帝都復興局橋梁課の嘱託技師、日本電力の嘱託技師となる。
1927石本建築事務所主任技師となる。
1930ロシア経由で渡欧。
1931グロピウスアトリエに在籍、ベルリン工科大学大学院に学ぶ。
1932ヒトラーに国外追放されたグロピウスと共に英国に渡り、その後帰国。
1934 山口文象建築設計事務所を設立。
1953RIA建築総合研究所を三輪正弘、植田一豊とともに設立。集団設計方法と組織原理を模索。組織設計事務所のあるべき姿を構築した。
(1964渡辺豊和RIAに入所)
1966キリスト教の洗礼を受ける。
1978永眠。(享年76才)


主な建築作品に、「黒部川第二発電所(1938)」「自邸(1940)」「久ケ原の教会(1950)」「新制作座(1963)」など多数。
1941北海道釧路市生まれ。
1965神戸大学工学部建築学科卒業。神戸大学に勤務し、毛綱モン太として設計活動を始める。
(1969向井正也先生の紹介で渡辺豊和と知り合う)
1972発表の反住器をはじめ、日本の近代住宅を根底的に問い直した、革命的作品群を輩出。また、評論・エッセイ等を多数発表。
1976東京に移り毛綱毅曠建築事務所を設立。
2001永眠。(享年59才)


主な建築作品に、「反住器(1972)」「陰陽の間(1980)」「屈斜路コタンアイヌ民俗資料館(1982)」「釧路市立博物館(1984)」「釧路市湿原展望資料館(1984)」「釧路市立東中学校 1986」「釧路キャッスルホテル(1987)」「釧路フィッシャーマンズワーフ(1989)」など。


◆渡辺豊和(1938〜)建築家

1938秋田県仙北郡角館町に生れ。
1961福井大学工学部建築学科を卒業後中西六郎建築事務所に入所。
1964靱本町(大阪)のRIA事務所に臨時雇いで入所。翌年1月に正所員となる。山口文象、植田一豊らに薫陶を受ける。
1969向井正也の紹介で毛綱モン太に出会う。71年RIAを退所。都市問題経営研究所に勤める傍ら渡辺豊和アトリエを開所。
1974吉岡邸[]が竣工し、毛綱とともにイギリスで脚光を浴びる。
日本ポスト・モダン前夜の語り部となる。
現在、 渡辺豊和建築工房主宰、京都造形芸術大学教授、工学博士(東京大学)


主な作品に、「吉岡邸(74)」「中内邸(76)」「龍神村民体育館(87)」「秋田市体育館(90)」
主な著書に、『芸能としての建築』(晶文社、83)、『発光するアトランティス』(人文書院、91)、その他関西で多くの建築ミニコミを発行し,後進を育成した。


◆関連リンク

・RIAホームページ
http://www.ria.co.jp/

・山口文象研究会
http://www.ria.co.jp/bunzoken/

・まちもり通信・伊達美徳サイト
山口文象の年表などを公開
http://homepage2.nifty.com/datey/index.htm

・毛綱毅曠の鎮魂歌
http://www.linkclub.or.jp/~erisa-25/TB/moz/00.htm

・渡辺豊和建築工房ホームページ
http://www5.ocn.ne.jp/~toyokazu/