あとがき

本書で扱われてきたのは、一八,九世紀を中心とした日本の多くの建築技術書である。現在では全く忘れられた棟梁や大工たちによる記録である。彼らが当時、その刊行によって、社会的な名や財をなすつもりだったかどうかは、不明である。しかし一方で、そのようなあまたの動機にかかわりなく、公に開いておくべき成果が存在すると確信することは、彼らにとっても、そして私たちにとっても自由である。

平内廷臣によって刊行された『矩術新書』(一八四八)に初めて出会ったとき、そのような印象を抱いた。その書の縁をいろどるプレートマークは、明らかにエッチングによるものであった。その内容の既存におもねらない厳格な構築性、驚異的に解像度の高い線描、要はきわめて自律的な態度に、大工と呼ばれる人、そして近世という時代の印象がゆらいだ。一体彼らは何を考えて、このような著作、出版活動を行ったのだろうか。

そして、彼らをあえて紹介し、またそれによって自らの糧も得たいと、思った。早稲田大学建築史研究室での何年かの基礎研究を経て自らの博士号を取得し、また様々な状況に応じて、幕末から明治初期にかけての建築技術の展開が含む見取りを記してきた。
そのうえ、全く予想もしなかったことだが、当方が研究指導者の職を得て以来、この作業に参画したいという幾人かが現れた。極めて孤独な研究領域と感じていたため、彼らに対しては大きく賛同はせず、彼らのやりたいように任せてきたのが実情である。
しかし結果として彼らのなしたことによって、ひとつのまとまりができあがった。
であるならば、近世の建築技術者(大工、棟梁と呼ばれる)たちがなしてきたことと同じように、その成果を自らの力で必要とされる方々に供したいと思った。『近世建築論集』はこのようにして生まれた。

中谷礼仁







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